医師不足の本質

◆医師を取り巻く過酷な環境

私はこれまで、何百という医療施設に実際に足を運び、病院で働く人々の労働環境を見てきました。そこで浮かび上がってくるのは、医師の過酷な労働状況です。
どのくらい過酷なのかと言えば……。たとえば通常勤務後の当直、さらに続けて翌日も通常勤務といった具合。これが日常的な光景で、もはやそのシフトを誰も疑問に思わないほどなのです。さらに、病院の医局でわずかな暇を仮眠にあて、ソファーで泥のように眠る医師の姿を見ることもさほど珍しいことではありません。
このような現実を目の当たりにしますと“医師不足”はいまさら言うまでもないほど深刻な事実であると理解できます。これだけの過酷な労働となってしまうのは、医師が足りないからと考えて間違いないでしょう。


◆医師不足の本質を理解するための一つのキーワード

それでは、医師が増えればいいのかというと、それほど単純な話でもないようです。実は、医師は単に不足しているわけではなく、足りている部分もあれば足りていない部分もあるといわれているのです。これは「医師の偏在」というキーワードで表現されたりします。具体的には、診療科目、地域間、時間帯によって、医師の数にバラツキがあるといわれています。
「診療科目の偏在」は産科や小児科、麻酔科などが足りないと言われ、皮膚科や眼科は多いといわれる。
「地域間の偏在」では都市部と地方、へき地との差が叫ばれ、「時間帯の偏在」では特に夜間、休日の救急医療の現場は平日の昼間に比べると圧倒的に脆弱であるといわれる。これは都市部でも例外ではありません。


◆「医師も人である」という視点

このような医師不足や医師の偏在が生じてしまう原因はどこにあるのでしょうか。
急激な高齢化によって高齢者の比率が格段に上がり、高齢者(=患者)の増加に対して医師の養成が追いつかないという意見。

女性の医学部進学率の増加が女性医師の比率を上げたが、戦力として貴重な30代には、結婚、出産、子育てといったフルタイムでの労働が事実上できていないという意見。
医療訴訟の増加によりトラブルの多い診療科からの転科が増加しているという意見。
さまざまな意見がありますが、おそらく、これらはすべて医師不足の原因といえるのでしょう。

しかし私が医師の生の声を聞いてきた経験からは、「医師も普通の人間であること」を理解されていないことが、問題を引き起こしている大きな原因の一つではないか、と感じられてなりません。
たとえば、「なぜ医師になったのか?」と尋ねると、「高校の時に成績が良かった」という答えが以外にも多い。彼らは医師であることに誇りとプライドを持つ一方で、ひとつの職業として医師を選んだにすぎない可能性があるのです。

また、たとえば、現在の病院を辞め他の病院に移りたくなる理由として「過重労働からの脱却」を挙げる人も多い。医師だって、過酷な勤務に耐えきれなかったり、自分の時間を欲したりするものなのです。
それなのに、「命には昼も夜も平日も休日もないのだから」と、24時間365日の医療体制を望む風潮におされてしまえば、疲弊して生産性が落ちたり、きつい現場を離れていったりするでしょう。
それだけではありません。

医師であっても他の方と同様に「尊敬されたい」「感謝されたい」「ほめられたい」という“普通”の望みをもっています。
それなのに、病院(事務局)と医師とのコミュニケーションは十分になされているとはいえないケースが多く、さらに患者からの訴訟におびえ、クレームにばかり振り回されてしまっては、医師としての誇りをも失ってしまいかねないのです。そうなれば、やる気を失って生産性が落ちてしまうでしょう。
忙しい現場から医師が離れていけば、残された医師たちはますます過酷な労働を強いられることになり、ますます医師が離れて“医師不足”となることでしょう。医師のやる気が低下すれば労働効率の低下につながり、その結果、医師の数は変わらないのに“医師不足”を加速させるという悪循環も生まれます。
命を預かるという点では、医師は特別な職業といえるでしょう。しかし一方で、医師であっても普通の人間。この点を忘れてしまっては、いくら法律や制度を整え、予算をつぎ込んだところで、結局は医師不足や医師の偏在を解決することはできないのではないかと思うのです。


◆「働きやすさ」がポイント

逆に言えば、「医師も普通の人間」「医師は職業の一つ」であることを理解するだけで、医師不足を少し緩和できる可能性もあるということです。
医師の過重労働を少し緩和することは、医師の数が増えなくても不可能ではありません。たとえば、誰でもできる雑用を医師以外の人間に振り分けるだけでも、医師の負担を軽くすることができます。医師を一つの職業ととらえてみれば、業務効率を考え改善する余地が出てくるはずなのです。患者の多い時間帯に合わせたシフト、手術時間のコントロール、院内オペレーションの見直しなどにより、医師の負担を軽くできる可能性はあるはずです。
また、医師をきちんと評価する、医師とコミュニケーションをとる、といったことで、一人ひとりの医師のやる気を維持・向上させられる可能性もあります。誰だって褒められたり感謝されたりするとやる気が出ますからね。医師だって同じなのです。
さらに、「患者からの感謝の言葉が、きつい仕事を頑張るエネルギーになる」と多くの医師が口にします。

医師も普通の人間であり、職業の一つという側面を理解し、その点を少しフォローするだけで、医師の生産性が上がる可能性があるのです。
そして、生産性の向上には医師不足を緩和する効果があるはずなのです。現在、全国に医師が28万人いるとされていますが、もしも、一人当たり3%の生産性UPにつながるとしたら? 計算上は9,000人程度の医師の増加となるのです。
結局、医師が働きやすく、その力を存分に発揮できる環境を整えれば、その生産性が上がることで、医師不足の一部を解決することにつながるのです。そのため、「働きやすい病院づくり」が、医師不足を解消するための一つの重要な手段となる、と私は確信し、弊社でそのためのコンサルティングを実施しています。さらに、医師に対して感謝の気持ちを伝えることが大切であると考え、11月14日を「医師に感謝する日」という記念日として登録。医師への感謝の気持ちを言葉とハンカチで伝えようという運動を展開しています。


◆「働きやすさ」の視点を

人手不足の問題を抱えている医療や福祉・介護の現場では、高い給与ではないことに加え過酷な労働となることが多く、常に人手不足だと感じていても不思議ではありません。人手不足に関する不満に対して、給与を上げたり人を増やしたりするといった対応は実際には難しいですよね。そうなると「働きやすい施設づくり」が人手不足を解消する一つのキーワードになってくることでしょう。
医療も福祉も機械化できない部分の多い「人」がいるからこそ成り立つサービス。人がかかわる領域が多く、人材がすべてと言っても過言ではありませんよね。

だからこそ、現場で働く人々の気持ちや状況に焦点を当てて「働きやすさ」の発想で業務効率を意識することが医師不足や人手不足を解決する一案であると確信しています。
単なるデータでは医療・福祉問題の本質を理解することはできません。また法律や予算に文句をつけているだけでは、問題を解決することはできないでしょう。その中心にいるのは、「普通の人間」なのですから。

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